天体観測
星に願いを
僕はHIROのカウンター席で、ジンライムを飲んでいる。未成年がカクテルを飲むことが禁止されているのは知っているつもりだけれど、未成年には未成年なりの、僕には僕なりの、飲まなければいけない理由がある。

マスターは僕がジンライムを注文したとき、猛烈に反対した。僕が未成年だからとか、車で来ているからとか、そんなことで反対したんじゃない。ただ野球中継に間に合わないからなんだ。

マスターがジンライムを僕のところに持ってきたとき、言った。

「一杯飲んだら帰れよ」

「喫茶店なのに、カクテルなんか置いてるマスターが悪い」

マスターは「阪神戦終わってまうやんけ」と言って、時計を見た。時刻は七時四十五分。本来ならHIROはもう閉店している時間だ。

「ねえマスター。カクテルを作るの、うまいよ。おいしい」

「おだてても何も出えへんぞ。おだてるくらいなら早めに帰って、僕に阪神戦を見せてくれ」

マスターは店の奥に行き、ワインとグラスを持って戻ってきた。それを僕の前で、グラスに注ぎ入れた。

「偉大なる阪神タイガースに乾杯」

マスターが僕に乾杯の催促をしてきたので、僕もグラスを前に突きだした。

「僕と恵美、それに隆弘の明るい未来に乾杯」

僕は残りのジンライムを一口で飲み干し「マスター、おかわり」と言ってグラスを置いた。

「なんやそれ?」

「一度言ってみたかったんだ。『マスター、おかわり』って。大人になった気がするから」

「後、二年もしたらこんな夜の喫茶店じゃなくてバーで言えるやろうに」

そうは言いながらもマスターはシェイカーを振り、ギムレットを僕の前に置いた。

「一手間加えてみました」

僕は置かれたギムレットを一口飲んで、言った。

「マスター。僕はね、大人にならなくちゃいけない。決意を形にしなくちゃいけない。それがあの夢の意味だから」

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