天体観測
僕は二つのカップにコーヒーを注ぎ、恵美の隣の椅子に腰をおろした。

小指をコーヒーに少し浸して、恵美はその指を舐めた。

「何やってんの」

「毒味。苦いかなって」

「ミルクは二つ入れたよ」

「ほんまに?少し……苦いかな」

僕はキッチンに戻り、ガムシロップを一つ持ってきて、恵美に投げつけた。

「女の子にそんなんしたらあかんよ。そんなんやから顔はいいほうやのにモテへんのよ」と、言って恵美は、ガムシロップを半分ほど入れて、さっきと同じように小指を舐めた。

「その方がお互い幸せってことも考えられる」

「そんな人生、後悔するで」

「後悔なんてしないよ」

「ほんま可愛くないわ」

「どうでもいいけどやっぱり家は暑い。そうだな……HIROにでも行こう。家より涼しい」

奏とは、豊中市にある青年の家で、夏の暑い日は不良のたまり場、冬の受験前には現役、浪人問わずに受験生の勉強場所になっている。その他、地域の小さな劇団や隣接した体育館を使うスポーツ団体、卓球を楽しみにきた初老の人々など結構な賑わいをみせている。

家から奏まで、普段なら十分でいけるところが軽い渋滞やら、長い信号やらで、二十分もかかってしまった。

やっぱり夏の暑い日に人間が考えることは頭が良かろうが、悪かろうが、大した差はないのだろう。

こういう時、ふと自分の人生なんて大したことないな、なんて思ったりする。
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