天体観測
恵美はやっと自分を取り戻してきたようで、耳の色が黄色がかった白に戻っていた。 

「マスターさんって、かなり変わった人ですね」

恵美の声は少し緊張して上ずっている。こういう緊張する恵美というのはかなり珍しい。先天的に恵美は八方美人なのだ。

「マスターにさんはつけんといて。べっぴんさん。たしか、前会ったときはすぐ帰ってもうたから、僕と話すのは初めてなんやね。以後お見知りおきを。マスターです」

マスターは座ったまま、深々とお辞儀をした。

「こちらこそよろしくお願いします。あの……前橋恵美です」

恵美は立ち上がって、深々とお辞儀をした。

僕は二人のやりとりを笑いを噛み殺してみていたけれど、もう限界。

次の瞬間、僕は声を出して笑っていた。何がおもしろいわけでもないけれど、ただ恵美が後手に回っている。それだけなのだ。でも、それは僕の笑いのデリケートな部分をくすぐられたような感じがする。

「何がおもしろいんよ」

「いや、何もおもしろくないよ。ただ新鮮なだけだ」

「どういうこと?」

「どういうことだろうね」

「司のアホ」

「ごめんよ。べっぴんさん」

僕は自分の言ったことを頭の中で反芻して、もう一度声を出して笑った。僕のユーモアのセンスも捨てたものじゃない。
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