天体観測
僕らは奏の中にある喫茶店HIROに入って、昼食をとるため、僕がナポリタンを、恵美がカクテルサラダを注文した。開演時間までまだ一時間近くある。

「ねぇ司、私に言うことない?」

「特にない」

「そんなことないやろ」

僕は数分考えても、何も浮かんではこなかった。暑さでうまく頭が働いていないのかもしれない。

「じゃあ……その水色のワンピース似合ってるよ」

「そういうことやなくて、もっと高校三年生っぽいこと」

「女の子にワンピースが似合うって言うのだって、十分高校三年生っぽいことだ」

「女の子にワンピースが似合うって言うのは、司に似合わへんの。私が聞きたいのは受験のこと」

僕はやっぱり暑さで頭が働いていないのかもしれない。たしかに、恵美の言う通りだ。受験なんてものは、世界で一番高校三年生らしい言葉に違いなかった。

僕は平静を装って「ああ」とだけ答えた。

「やっぱり司は東京の大学受けるの?早稲田とか慶応とか」

「まだ決めてない。でも一応そのつもりだよ」

「国修高校の出世頭やね」

国修高校は一応、地元では進学高校と言われているけれど、普通の公立高校だということもあり、ほとんどの生徒が大阪の大学を受ける。そこには当然偏差値や経済力もさることながら、仲間意識とか恋人関係とか、おおよそ受験には関係ない要素もある。だから東京の大学になんて行く奴は、前者があって後者がない奴か、どちらもない奴が無理して行くか、どちらかなのだ。

「恵美はどうするんだ」

恵美の顔が、少し暗くなった気がした。

「私は介護の専門かな。隆弘の面倒を見なあかんから」

「つまり、それが言いたかったのか」

「うん」

「もう行こう。宇宙の神秘が待ってる」

僕は二人分の代金をカウンターに置いてから、恵美の手を握ってHIROを出た。

僕は知っていたんだ。恵美の進路や隆弘のこと、全部。それでも、こんな素っ気ない態度しかとれない自分に腹が立った。

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