銀盤少年

現役時代に実績を積んだ人なら引退と同時にコーチへ……という人もいるだろうけど、それでもいきなりトップ選手を育て上げようとは思わないはずだ。


鷲塚兄弟の登場は、宮本コーチの人生を変えるほどの衝撃だったのだろう。


「初めての教え子で愛着が湧いてしまったんですか?」


「いや、すぐにでも他のクラブに預けようと考えてたよ。一樹はぶっちゃけそうでもなかったけど、兄貴の方は完全な天才型だったから。
一目見て『この子は将来凄い選手になる』って感じてね。スケートのイロハを教えたら親交のあった有名コーチの所に二人を託そうと思っていたけど……」


苦笑いを口元に刻むと、宮本コーチはポリポリと後頭を掻いた。


「そこにはもっと凄い子が二人もいてね。知り合いのコーチも本気でその子達を五輪に行かせようとしていたし、なんか頼み辛くなっちゃってさ。腹を決めたってわけ」


そのもっと凄い子というのは、間違いなくタクさんとミューさんだろう。


ということは、有名コーチは佐藤夫妻。


日本スケート連盟にも多大な発言力がある人に教え子を託そうとしていたということは、カズのお兄さんは相当な才能を秘めた選手だったんだ。


俺も小さい頃は日本に住んでいてスケートをやっていたから、同年代の天才少年スケーター鷲塚一哉の噂は小耳にはさんでいたけれど、まさかそれほどまでとは思わなかった。
< 202 / 518 >

この作品をシェア

pagetop