銀盤少年

いっそ吐き出してしまった方が楽になるかも知れないと思ったことは数知れず。


もちろんそんなこと出来ないから我慢するけど。


気を落ち着かせるため、ふぅっと深い息を吐く。


空気と一緒に緊張を吐き出すイメージをして、右足からリンクに一歩踏み出す。


右足から出るのはちょっとしたゲン担ぎ。


でもこの効果はかなり絶大で、リンクに立った瞬間肩に乗っかっていた大きな物がスッと落ちて身体が軽くなったような気分になる。


同時にスイッチを切り替えたかのように頭の中がスッキリして、緊張で膝がガクガク震えていた俺は姿を消し、代わりに冷静沈着でクールな俺が現れて今から滑るプロを綿密にイメージし始める。


その変貌ぶりはまるで二重人格。


演技構成や振り付けを脳内で映像化させ再生したり、ミスった時の修正パターンをおさらいしながら、身体を動かし温める。


それだけなら普通だ。イメトレぐらい誰でもする。


でも決定的に違うのは、この時の俺には緊張というプレッシャーが全くないこと。
< 248 / 518 >

この作品をシェア

pagetop