銀盤少年

実際、エントリーを知ってから今日この日まで黙々と練習に励んでいた姿を見てきたけど、繊細さに欠く場面が何度かあった。


心の傷は、相当簡単に癒えるものじゃない。


隠しきれていない動揺をフォローするのが、俺の本来の役目だったのに―――


あの馬鹿野郎のせいでそれどころじゃなくなったのだ。


「じゃあ仁がいなくて良かったね。知るのと会うのとじゃ、精神的な負担が全然違うだろうし」


「うん。仁君の姿がないお陰で、なんとか保っている状態だからね。カズがいない今、これ以上戦力を欠くわけにはいかない」


「でも、カズが間に合わなかったらどうするの?」


「その時は……」


と、六分間練習の終了を告げるアナウンスが会場に流れた。


第一滑走者の草太君が一人残り、他の選手はバックに帰って行く。


草太くんのコーチはこの場にいない。カズと共にロシアか日本海の上にいるだろう。

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