銀盤少年

安定感があるとはいえないし、かといって爆発力もない。


それでもなぜか、カズに注目してしまう。引きつけられる。


それは多分―――


「カズには、緊張感というものがないんだよ」


「緊張感?」


「どんな選手も必ず、試合中は緊張やプレッシャーを感じるだろ。ミスをしたら動揺するし、それを取り返そうと必死になって冷静さを欠く。
ロシア時代の俺の先生は「トップ選手に必要なのは技術と表現、そして冷静な判断力だ」って毎日言ってたけど、まさにその通りなんだよね。
どんな状況になっても冷静でいられるよう、適度な緊張感を維持するのがトップ選手に求められるし、必要な能力だと思う。けど」


カズにはその緊張感が、一ミリも感じられないのだ。


「モスクワで初めてカズの演技を観た時は衝撃的だったよ。派手に転倒したのに笑っててさ。精神が逝かれてんのかトチ狂ったのか、あれはちょっとした恐怖だった」


「……言い過ぎだぞ」


「だね。でも、カズは単純にスケートを楽しんでるんだとわかったよ。ミスすることすら楽しんでしまう、超がつくスケート馬鹿。Likeでもloveでもない、その一つ上の領域でスケートを楽しんでいるから、自然と引かれるのかもね」
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