彼が眼鏡を外さない理由
◆one

彼が眼鏡を外せない理由




「ねえ、眼鏡外してよ」



唐突に、言う。


すうっと、ゆったりと、だけども躊躇せずに重力に逆らって、気だるい腕を持ち上げて。

いとおしい頬の輪郭をなぞりながら。



男は、笑う。


呆れたように、そして何かを俯瞰(ふかん)するように、掠れた低い声は我にもなくうっとりするほど甘やかで、すべてを包み込むようでいて。

そうして徐々に絆(ほだ)されていくわたしの心を見透かしたのか、触れたさに焦れる私に愛想を尽かしたのか。

願うやんわりと頬を撫でる私の指を握って、遠ざけて、拒絶して。


意地悪く、口元を歪ませる。



「駄ー目」



グレーの瞳が繊月(せんげつ)のように細められた。

そのさまが神々して眩しくて、わたしはふっと目を細めた。


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