彼が眼鏡を外さない理由



この男とくれば真正質(たち)がわるい。


どこにいっても八方塞がりで、やり場をなくした思いは結局は男のもとに返ってくる。

ただわたしは、この男に対等に見てもらいたいだけなのに。

10は離れた歳の差は埋められないけれど、それでもせめて心理的な距離は縮めたいと思うのに。


見慣れた後ろ姿ではなくて、見慣れない横顔を、隣に並んで見ていたいだけなのに。


顔を上げれば頭を撫でるかわりに抑えつけられて、背伸びをすればやりつけないその動作に自らの踵(かかと)がもたついて、よろけてコケて、そしてまた遠くなる。


よかれと思ってやることはぜんぶがぜんぶ裏目にでる。


今までになにか功を奏したものがあったろうか。

そっちのほうを考えるほうが難しいなんて、なんともまあ空(むな)しいものだ。


いまやわたしには意味を成さないこの非生産的な空回りを憂うことしかできない。



< 4 / 53 >

この作品をシェア

pagetop