優しい涙
『泣いているのか?』

不意に後ろから声が聞こえた。

振り返ると、そこには外出先から帰宅したばかりの藤波様が立っていた。


玄関で泣きじゃくる僕を見て驚いたように眉を上げている。


藤波様はハンカチを差し出すと

『涙をふきなさい』

優しく表情をやわらげた。

花のししゅうが織り込んである綺麗なハンカチ。

淡い紫色のききょうの花。

実家の庭にも同じ花がたくさん咲いていた。

母さんの大好きな花だ。

ハンカチがあまりに綺麗で、僕は受け取れなかった。


こんな素敵なハンカチを僕の涙で濡らしてしまうのはもったいない。
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