【完】そばにいるだけで



彼はわたしにしたように、ブックカバーを外して城山さんに表紙を見せた。



「すごい!さすが桐生くん!難しいの読んでいるんだね!」



と大げさに褒めながら、きれいに巻かれた髪をくるくると指に巻いて遊んでいる。



わたしは『無』になって、様子をうかがいながらそこで本を読み続けた。



「一週間に何冊くらい読むの?」



「どの本が好き?」



「わたしも今度読んでみる」



と、城山さんは彼から返ってくる『単語』に対して、見事に会話を展開していった。



その時、わたしは少し意地になっていて、その場から去らなかった。



本に視線を落としたままだったけれど、彼の視界に『城山さん』だけが映っているのが嫌だった。



片隅にでも、いや、たとえ空気でもいいから、彼のそばに存在したかった。



城山さんにとっては、目触り極まりなかったと思う。


< 56 / 207 >

この作品をシェア

pagetop