独:Der Alte würfelt nicht.
 
 
「…警察、か?でも…この子は…」


安心しきったように眠る少女は、離れるのを拒むように未だに服を握りしめている。

警察なんて呼べば、きっと休ませてもらえる事なんて無く事情聴取が始まるだろう。

しかも先ほどのように泣き叫べば、知能に欠陥があると思われて施設送りにされるかもしれない。

以前、保護した被害者を組織絡みで暴行し、俺の上司に当たる奴が摘発した事があった。

それ以来、警察内部は随分とクリアになったのだが…事件の全容を知る俺にとって、未だに信用に値する情報は入ってきていない。


「仕方ないか…ッ緊急事態、だもんな…!」


耳の裏側に隠し付けている小型のインカムのスイッチを入れ、電源を入れる。

雨音を遮る為に手のひらで耳を覆えば、電源が入ったことを知らせる電子音が聞こえた。

口元に細いマイクが伸びてきて、ランプが5個のうち3つ点滅する。

登録されている番号のうち、電波を送信できるのは3つだということだ。

その中のひとつに通信を試みる。


ピッ、ピッピ…ピーッ…。


何度かの電子音の後、やっと相手が電波を受信し、耳に嵌められたイヤーフォンが音を拾う。


『…何だウィリアム・ストークス中佐。私は病み上りなんだ。しかも未来の奥様と音信不通で気分がブルーなのだよ。今日の天気と同じだ、土砂降りで晴れる見込みもない。わかるだろう。だから切るぞ。面倒事はご免だ』


耳の奥からは不機嫌な声と、あからさまに嫌味を込めた言葉が聞こえる。

こいつには掛けたくなかったが、仕方が無い。

二、三週間音信不通で何か事件にでも巻き込まれたのかと心配していたが、今日は何事もなく顔を出してきたのだ。

病気なのかは不明だが、その機嫌の悪さに触れた俺は色々と仕事を押し付けられた挙句、翌日までサービス残業をさせられた。

何か言い返してやりたい気もしたが、未だにせりあがってくる胃の内容物を無理やり押し込んで話を続ける。



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