独:Der Alte würfelt nicht.
家柄では俺のストークス家の方がはるかに上位なのに、その威圧感に口を噤む。
俺を一瞥した後、再び連絡を取ろうと発信ボタンを押すシャーナス将軍。
心臓を直接握られたような感覚から解放され、俺はやっと息を吐く事が出来た。
それと同時にアナウンスが流れ、あの子の処置が終わった事を教えてくれる。
『検査が終了いたしました。レイ・シャーナス様、ウィリアム・ストークス様、第56番病室へお向かいください。繰り返し申し上げます。検査が終了――』
「俺…先に行くから。…電話繋がるといいな。さっきは悪かったよ。本気だと…思ってなくてさ。上手く行くといいな。俺が出来る事なら何でも手伝うよ」
「…そうか。ならアレを身元先が見つかるまで預かれ。それぐらい出来るだろう」
「え、ええッ!?いや…それは、まずいんじゃ…」
二の次を聞く事もなく、シャーナス将軍は早く行けと言うように肩をすくめた。
その態度にまた何かを言おうしたが、これ以上の討論は無用だと思い身を翻す。
アナウンスで言われた病室までの道を確認し、振り返る事もなくその場を後にした。
捻りの無い造りの扉にかかってある番号を確認しながら、少女の病室を探す。
時たま横切る看護師や医師に会釈をしながら、目的の病室にたどりついた。
そこには未だ眠り続ける少女の姿と、点滴の針を抜き、ガーゼを押し当てる医者の姿が見えた。
「――軽度の栄養失調です。栄養剤を点滴しましたので、1日ほどで回復するでしょう。入院の必要も無いのでお連れ帰りください。薬を出しておきますので、受付で受け取ってください」
「…は、はぁ…」
あまりにも淡々とした口調で告げた技術医師は、「お大事に」とだけ残し、病室を出ていく。
自分の定期健診でもここまで軽率な扱いはされなかった。
IDもない、しかも軍人が連れてきたとなれば、病院側も面倒事はごめんだと判断したのだろう。
住民登録も、病院に掛かる際に必要になる、過去の電子カルテも検索不可能だ。
長居は無用と再び少女を抱き上げ、シャーナス将軍の待つ待合室へと足を向けた。