独:Der Alte würfelt nicht.
ウェーブの掛かった指触りの良い、ローズの柔らかな髪に残る湿気を、暖かな風で飛ばしていく。
俺の身体にもたれ掛る彼女は、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
小さな身体を摺り寄せて、耳に残る甘い吐息を吐くのだ。
ふんわりと波を打つ、美しいウェーブの掛かった髪。
まるで天使が羽根を休めているような錯覚を持たせる。
――あんな場所にいて、血まみれで倒れていたなんて、嘘みたいだな…。
今でも鮮明に脳裏に思い描く事が出来る、アノ光景。
男の顔、撒き散らされた血、雨に濡らされてあらわになった血管。
抉られていない光の失った眼球と視線が交わり、その慟哭にも似た表情が離れなかった。
胃がまるでのどの奥にせり上がってくるような感覚に、ローズの身体を強く抱きしめてしまう。
握っていたドライヤーが、手の平からするりと抜け、床に落ちる音が妙に響いた。
「…ッ…、慣れなきゃ、…いけねぇのに…」
「…ん…ウィ…ル…?」
心では虚勢を張っていても、身体は怖くて仕方がない。
こんな少女に縋ってまで身体の震えを押さえようとする自分が、…滑稽だった。
ドライヤーの音で目を覚ましたのか、俺の強く抱きしめた所為で起きたのか分からないが…、長い睫で飾られた瞼が開く。
大きな瞳が俺を捉え、不思議そうに小首をかしげた。