独:Der Alte würfelt nicht.
――淡々と続けられる講義に飽き飽きしながらも、あくびをかみ殺す。
頭にどうでもいい知識を植え付けられる事は、朝起きるより苦痛であった。
昨日の大雨が嘘のように晴れた午後、お腹もいっぱいになって眠たくなってくる。
眠気覚ましの為にテイクアウトしたアイスティーも、氷が解けて薄くなっていた。
「…ふあぁ…」
レイと離れてもう数週間、代わりだと言わんばかりに毎日カノン君と会っている気がする。
レイに甲斐性がないだの、女の子に優しすぎるだの…私が言えた事ではなかったらしい。
必要最低限の物をまとめて、カノン君のマンションに転がりこんだのはいいが…17歳の乙女としてこの行動はどうなのかとも思う。
でもレイが、今後も私の精神世界からパンドラに干渉する事があれば…1、2週間の混迷状態では済まないかもしれない。
――一度疑って、探ってしまえば…もう二度と信じられない。
カノン君から言われた言葉が頭の中に響く。
その言葉の通りに、私は心の片隅でレイを疑う感情が芽生えたのも確かだ。
自分の心の弱さと、意思の脆さにウンザリしてしまう。
使い捨てにされても、裏切られても、利用されてもレイの為なら、何だって出来ると思い込んでいた。
でもそれは、たったひとつの綻びで、音を立てて崩れさる。
――レイのお嫁さんになりたいなんて、馬鹿みたい。相手になんてされてないのに…。
レイが私に優しくする理由は、私の潜在意識がパンドラとリンクしていて、私に承認されていないと拒絶反応が出るらしい。
拒絶反応が出ると弾き出された側の精神に極度のダメージが残り、レイのように数週間混迷状態になる場合もあると言っていた。
パンドラとリンクしている場所は私の潜在意識の最深層で、到達するより先に確実に死ぬ。
そんなこと言われたら…躊躇してしまうのは仕方がないじゃない。
カノン君の事がどれほど信頼できるかは分からないけれど…レイが混迷状態で目を覚まさなかったのは事実だった。