独:Der Alte würfelt nicht.
『じッこ…自己満足ゥ!?貴方はシャーナス家の人間だものぬくぬくぬく常温のお坊ちゃん暮らしの人間に…分かるわけないッ、わ…ッ私は、も…う“何も…ッ無いの”よ…!だからもう…“いい”でしょう…?』
『綺麗事は聞き飽きたんだと言っている。本当に君は赤ん坊の様だな。もういっそ、無駄口を叩かずに泣き喚いていてくれれば…手を上げずにミルクをやるのに。もう大人になりなさい、アリス。差しのべられた手を素直に握る事くらい、赤ん坊にだってできるぞ?君に居場所をやると言っているんだ』
先ほどまで座る場所さえなかったソファーは綺麗に片づけられ、私の記憶にないカバーまでかけられている。
未だに部屋の掃除は続けられ、乙女として隠しておきたい物まで整理されていた。
この家を出る前に自分で片付けようと思っていたのに、赤の他人に片づけられるのは実に不愉快だ。
そこの男は私の部屋がこんな惨状だと知っていて、この清掃員を連れてきたのだろう。
『…ストーカーよ。準備が良過ぎるわ。目的を言ってよシャーナスさん』
『レイでいい。私も名前で呼ぶ、君も呼びなさい。これから深い関係になるんだ、始めから友好的に行こうじゃないか、アリス』
『…ブランシュ家だって養子縁組を解消するのよ。私はもう、行く場所も帰る場所もないの…もういい加減一人にして。貴方だって私といていい事なんて無いわ』
『ブランシュ本家になら話をつけた。望む限りの生活援助はするし、IDも更新し直せば問題ない。君は“ここに居てもいい”。君の気がすむまでな。その代わり、私に協力してほしいのだよ』
――レイは私の光だった、世界だった、居場所だった。
感極まって涙を流した私にぎょっとして、肩を抱いてくれる。
仕事が忙しいのに毎日様子を見に来てくれて、同僚が焼いてきたスコーンを大量に置いていくのだ。
お揃いのティーカップに、紅茶の味を初めて教えてくれたのもレイだった。
色褪せた世界に絵の具の大雨が降って、くすんだ灰色の世界を塗りつぶしていく。
レイは私を女の子にしてくれた、これは私の世界で言う奇跡に近い事。
それなのに今の私は…何処か心の片隅にレイへの疑念を住まわせていた。
彼への不信感を植え付けた張本人の声が、私の意識を覚醒に導く。