独:Der Alte würfelt nicht.
「言ってる事と、やろうとしてる事が一致してないよ。君は…友達とレイ・シャーナスのどちらを取るつもりだい?」
「…そこで自分の名前を出さないあたりが…貴方らしいわ。自分を引き合いに出したとしても、選ばれない事を知っている。だって、前から何度も言ってるでしょう…私はレイの事が好きなの」
「いつも聞いてるから…知ってる。でもレイ・シャーナスはこの状況ならきっと君を止めるよ?」
「…自惚れかもしれないけど、私もそう思うわ。ありがとう、カノン君。私…貴方の事、嫌いじゃないわ」
カノンの首に腕をまわし、強く抱きつけばカノン君の腕が私の腰に回ってくる。
彼のブラウンの襟足を指先でくるくると遊びながら、制服の袖口にいつも忍ばせている、ペン状のものを取り出した。
蓋の所を強く押し、細い針を彼の首筋に強く押し付ける。
「――痛ッ!?」
「まぁ、好きだっていう感情とは…ほど遠いんだけどね」
中に入った液体を親指で押し込んで、勢いよく彼の体内に流し込んだ。
ガクリ、と足の力を抜き、崩れるように倒れるカノン君が、私を睨むように見る。
体勢を崩す彼に合わせて、私も床に膝をついて彼の頭を膝に抱えた。
うとうと、と瞼が下りてくるのを我慢するカノン。
「ア…リス!どうし、て…こんなの…!」
「貴方がいると、私…レイの事を選べなくなる。不安要素は取り除く、諸悪の根源は断つ。貴方が言った言葉じゃない。忘れたの?」
「ア…リ…ス…ッ!」
「…お休みなさい。次に会う時には…きっと全部終わってるわ。テロの事も…レイとの事も」
強制的に眠りに引き込まれたカノン君の乱れた前髪を指先で直した。
安らかとは言い難い寝顔の頬に唇を寄せる。
個室の壁にかかっている濃茶のブレザーを彼の体にかけ、眠りを妨げないよう静かに外に出た。