独:Der Alte würfelt nicht.

 
 ――この睡眠薬、案外効くのね…即効性だし、危ない薬とかじゃ…ないわよね?


ポケットに入れられたペン型注射器の針を直し、新しい液体をセットする。

ストックはあと4本しかないけれど…実際役に立つかすらわからない。

レイに痴漢対策としてもらったものだったが…自分が少しでも好意を寄せた相手に使ってしまったのは、皮肉かもしれない。

ふと、個室の扉全てが封鎖され、内側からカギの開けられない密室状態になっている事を知った。

数多くあるその中からルカの個室の前に立ち、ノックをする。


「…はぃ…」

「ルカ、大丈夫?」

「…えぇ…アリス!?何で外にいるのよぉ!扉開いたの!?」

「開いていたのよ。詳しい事は分からないけど…」


一度、拳を扉に殴りつけたような衝撃が私の指先に走った。

じんわりと指先にその痺れが伝わるとともに、ルカの声が震えている事に気づく。

扉越しにルカの感情をぶつけられ、無言で言葉の続きを待つ。


「…巻き込むなって、言ったよねぇ?やっぱりアリスは面倒な事連れてきた。よかったじゃん、今日はシオンお休みだよ?シオンは自分に実害がなかったらどうでもいいって言うだろうし。助かったね、良かったねアリス」

「…何とか、するから」

「何とかって?あはは、映画の見過ぎだよアリス。いや、妄想癖があるのかな??くだらない、嗚呼馬鹿みたい…だから初めからこんな奴と組むなんて嫌だったんだ。シオンの為に嫌々やってたのに…最低。話したくない、早く犯人のとこ行けよ。こんな茶番終わらせてきて」

「――ルカ、あの…ッ」


言葉を発しようと思ったら、扉を内側から何かで叩きつけたような音がした。

これ以上ない拒絶に身をすくめ、言葉を交わすことさえできなくなったルカの個室から離れる。

シオンの姿は朝からなく、ルカに聞いたらクライアントと少しもめているらしいと言われた。

良くあることなので気にはしていなかったが、まったく凄い幸運だと思う。

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