独:Der Alte würfelt nicht.
 
 
「あと。リゼル・ウィッタード少尉…乙女は仁王立ちするものではない。パパとママに教えてもらわなかったのか?女の子は慎ましやかで清楚でないと、な」

「し、失礼ですわ!!まったく、レディに向かってその口の聞き方はなくてよ!?」

「事実だろう?怒ることないじゃないか…そう騒ぐな、頭痛に触るだろう」

「怒りますわ!まるで私が乱雑で品の無い女性だと遠回しに言ってるようなものですわ!!」


ウィッタード家と言えば爵位をもたない…いわば成金と言われる部類だ。

家を守るためには、権威を持つ人間と結婚し、再建をしなければいけない。

ウィリアムを介してストークス家との間に交流を作りたいのだろう。

噛み砕いて言えば、ストークス家の遺伝子を自分の腹の中にぶち込んで健やかに育てたいそうだ。

ストークス家というバックボーンを欲しがるこの女を、今更ながらよく自分の部下にしたと思う。


「ウィリアムの所に行っていればいいものを。何だ、今日は気が立つ日なのか?大変だな、女子は」

「な、…なんて事を言うのですか!キャストン中尉に限らず私にまで――!!」

「訴えるのか?…っふふ、返り討ちにしてやる」

「権力を盾にセクハラなんて…人のする事ではないですわ!!」


暴れまわるリゼルをユーリが抑え込み、目の届かない所へ連れて行く。

肩をすくめ、ティーカップを片手にチェスの準備をする。

縦横8マスずつに区切られた正方形のチェス盤。

ゲーム前の駒の初期配置に置かれた32個の黒と白の駒を見つめ、脳内でシミュレーションしていく。

チェスはゲーム理論で言う二人零和有限確定完全情報ゲームに分類される。

偶然ではなく、その際の最善手を打ち出し、読みの深さを競うのだ。

しかし行うのは人間であり、本来ゲームには関わる筈の無い感情が含まれてしまう。

実際問題、相手の考えを完全に読み、最善手を打ち出すなどと言うことは無理だ。

だから勝ち負けのゲームとして成り立つ。




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