独:Der Alte würfelt nicht.
 
 
イヤホンから聞こえてくる軍人の会話は、テロが起こっているとは思えないほど平和ボケしていた。

耳が痛くなるほどのピンク色のラブトークに、吐き気がしてきた。

同じように不機嫌な表情を浮かべるカノンに、ヘッドフォンを外すように言おうと思った瞬間。

聞きなれた名前が、会話の中に登場する。


『まったく。アリスもあんな男にうつつを抜かすなど…。最近は同じ部屋で寝泊まりしているらしい。ハーグリーヴスの家の回し者には気をつけろと言ったのに…』

『カノン・ハーグリーヴスですか。“彼”のご子息様…ですか』

『信用を失う事を言うなユーリ。奴の話は、したくない。その息子の話もな』

『…はい。申し訳ありません』


 ――カノン・ハーグリーヴスって…ま、さか…。


ヘッドフォンを青筋の立った手の平で握りつぶし、力任せに床に叩きつけた。

一般では手に入らない高価なそれを、堅い靴底で踏みつける。

それを怒る事も出来ず、跡形も無く壊されたヘッドフォンを眺めるしかなかった。


「請求は…ハーグリーヴス本家で構わないから」

「ッ…てことは…ええっ!?まさか…貴方、ハーグリーヴスの…!」

「アリスも、ブランシュ家の人間だろ?今更驚かないでよ」

「そう、だけど…ッ!なら…ハーグリーヴスに侵入したって話は…ッ」

「まぁ…聞かなかった事にしてあげるよ。次からは入れないようにセキュリティ強化するように伝えておくから」


軽い嫌味を言われるけど、刑務所にぶち込まれるよりは随分ましだと感謝した。

ハーグリーヴスにアタック行為をしたとなれば、社会的制裁以外にも想像の出来ない罰が待っていると言われる。

軽率な発言に後悔しながら、協力せざるを得ない状況に追い込まれた事に内心舌打ちする。

今度絶対仕返ししてやると心に深く決め、潰されたヘッドフォンの破片を握りしめた。

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