独:Der Alte würfelt nicht.
「――シャーナス将軍緊急事態ですわ!!一部のシステムが、テロリスト側に乗っ取られました!!復旧のめどは立たないそうですわ!!指示を――」
「…そんな事、言われなくても分かっている。しかも奴が騒ぐぞ。耳栓を用意してくれ。胃に穴が開くからな」
「おいっ!シャーナス将軍!!シオンが…ッシオンが全国放送されて破廉恥な男たちの目に触れているんだぁあああっ!!!」
「…遅かった、か。嗚呼…ユーリ…内科を予約しておいてくれ。明日は有給を申請しないと…」
――此処まで大事にされたのであれば…今更圧力をかけたとて無意味。ウィリアムの妹が捕まっているのが…不幸中の幸いか。
ストークスの人間がハーグリーヴスに掛け合い、“パンドラ”を動かせば済む話だ。
もう数えることが疎ましく思うほどの年月、呪われたように続く頭痛は薬などとっくに効かなくなっていた。
サイドテーブルに伏して行儀悪く紅茶をすすれば、わざとらしく立てられる足音に視線だけ向ける。
「――シャーナス准将。この状況を一体どう説明する気か、君に責任がとれるのかね?」
「これはこれはグレイブ・ストークス将軍。わざわざ本部よりお越しになられるなんて…随分とお暇、いえ…部下思いの方だ。…責任と、言いますと?」
「口を慎みたまえ。シャーナス家はストークスより下位の家…その言動が死をもたらす事を思い知る前に…自重しろ」
「ほう、さすがかの有名なグレイブ・ストークス将軍。よく“わきまえて”らっしゃる。ギリギリのお遊び程楽しまれているだけの事はある。貴方も先日のアノお方の様にならない事を祈らなければ。咲きもしない堅い蕾ばかり相手にするのはいささか紳士的とは言えませんな」
鼻で笑ってやると、茹でダコの様に顔を真っ赤にして私のチェス盤を床に叩きつけた。
職人の手で丁寧に彫られたクリスタル細工のチェス駒が、盤と一緒に宙に舞う。
温度調節のため先日の雨を吸った地面は緩く、傷は付きはしなかったが埋まる様に落ちた。
後でウィリアムに泥を丁寧に洗わせた後、その場で捨ててやろうと心に決める。
端末の画面に映されたアリスの不安げな表情を指でなぞり、事が余り不快な方向にいかない事を祈った。