独:Der Alte würfelt nicht.
 
 
 ――床一面に広がっている無機質な工具達の狂気的な世界。

赤黒く錆つき、刃の長さも強度も疎らなカッターナイフ。

鼻が曲がるような工具油にまみれペンチは、同じように錆ついていてバネが緩んでいる。

糸のような細い鋸をもつジグソーは、使い方などわかるはずもないのにエンジンが唸りを上げて使われる時を待っていた。

壁から電気を供給され、半田鏝に付着した油の焼けて焦げ付いた臭いが部屋中に広がる。

回答者に選ばれた私は、連れていかれた友人のことを“思”い…そして“彼女”のことも同時に“想”った。


「――…病院で…どちらか…聞いている?」

「き、聞いてないですッ!!どう…して、やっと…ッ出来たのにッ…!!も、もう何度も、流れて…ッ治療を続けて…っお医者様も…もう無理だって…みんな諦めたのに…ッやっと、やっと赤ちゃ…出来た…んですッ…!」

「…病名は?」

「…ッターナー…症候群…で…症状は…」

「…染色体異常症ね。配偶子形成時の減数分裂過程での染色体不分離が原因。X染色体が1本少ない事が特徴。流産の確率は…ほぼ100%に近い…のに…よく…」


彼女の浅く息づく声に気付いたのは…シオンがテロリストに連れて行かれたそのすぐ後だった。

メインルームの管理者の椅子に、お腹の膨らんだ女性が両手を後ろにして拘束されていた。

どうにか拘束を外そうと椅子の裏側に回れば、ただの蝶々結びで安易に固定されている。

その結び目をほどき、彼女の両腕を自由にした途端、私に必死な形相で助けを求めてきた。


「…た、助けてくださ…い…お願いします…ッ!な、名前も…決めて、もう、お洋服も…全部、やっと…ッううぅうっ…う…」

「――…うん」


【残り時間 52分04秒】


制限時間と共に投票数が増え、学園の人数の殆どが数字となって表れている。

さすがに総数とはいかないが、それに近い投票が入れられ…リアルタイムで男女の数が変動していた。

妊婦の緩やかに膨らんだ腹部を撫で、“中”に居る生命を感じ取った。

無力な自分に呆れ果て、床一面に敷き詰められた工具を目に入れないように瞼を閉じる。



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