独:Der Alte würfelt nicht.
「あったかい…最近は人工授精が多いし…私もそのクチだから。本当のお母さんの顔なんて…覚えても無い。きっと…私は――いえ、この子は幸せね、こんなに…優しいママが居るんだもん」
「そうね…貴方もきっと、望まれて生まれてきたのよ。貴方のママも、きっと…私みたいに貴方が欲しくて仕方なくて…生まれてきてと、何度も願ったんだわ」
「アリス・ブランシュです。私が以前、パンドラの一部のシステムをダウンさせ、沢山の被害者を出した張本人。貴方が…こんな事になってるのも、きっと私の所為。だから…貴方の言う“愛情”なんて、向けられる筈がないわ」
「そう…あなたも…辛かったわね…可哀そうに」
膝をついてお腹を撫でていたら、首の裏側に手の平を入れられて抱き込まれた。
頬に当たる緩やかなカーブのかかった腹部には、もうひとつの体温を感じる。
もし母がいたのなら、こんな風に私を抱きしめてくれたのだろうかと…ふと思った。
荒れ放題の温かな手の平に頬を撫でられていると、緩やかな子守唄が私の耳に届く。
『――喉を潤すほどの雨もなく、地面はひび割れ、種さえ芽吹く事を忘れた土地。村人たちは明日を知れぬ生活の中、その地に住まうと言われる神に作物を奉納する。泥まみれの穀物、日に焼けた野菜、皿を満たさない僅かな水。それさえも神に捧げた…』
「…ん、それって……御伽噺?…聞いたことないわ…」
「パンドラの子は…みんなこの子守唄を聞いて育つの。知らない子なんていないわ。…本当に、歌って貰った記憶は無いの…?」
「うん…私、生まれてからずっと勉強ばっかりしてたの。知能数が高いからって物心付いた頃には国の施設に入れられて…最高の教育を受けてきた。親の顔なんてろくに覚えてないの。子守唄も…マザーグースとか、読み物としてしか…知らなかったわ」
彼女の膝に上半身を預け、私より幾分か温かい手の平で髪を梳かれる。
私は監視カメラに見えない位置で携帯の液晶を確認し、ルカからメールが届いているのを確認した。