独:Der Alte würfelt nicht.
「なぁ、リゼル。あの子って、結局誰なんだよ?」
「…お姫様抱っこされて、直々に大切に運ばれてきた金髪の綺麗な子のことですの?それとも血まみれで鼻を塞ぎたくなるような悪臭娘のことですの?」
「やけに毒を持つな…。まぁいい、シャーナス将軍にとって特別な人間なのか?」
「…シャーナス将軍さまが自ら止血やら応急処置をなさった上に、医療班さえも蹴り飛ばしたとなると…。なにやらただならぬ感情をお持ちされているのではないかと、思いますわ」
リゼルは整った眉を歪め、艶やかな黒髪を耳にかける。
複雑な表情を浮かべるリゼルは、俺の頬に今度はクリームを塗った。
このクリームは塗るだけで数倍の速さで傷口が回復し、痕が残ったりしないという優れものだ。
民間の量販店でも販売され、根強い人気を持つ商品となっている。
「うーん…ならアレが、噂のアリスって可能性が高いな。アリス・ブランシュ…でも俺自身顔を知らないし…アリス違いかも。クソ、ローズに詳しく聞いておけばよかったなぁ…」
「…アリス・ブランシュ…。シャーナス将軍にそれほど気に入られてるのでしょうか」
「仮眠室から急に出てきたと思えば、単身で学園に乗り込もうとしたもんな。相当な思い入れがあると俺は思うんだよ」
「…えぇ、そのようですわね。やはりシャーナス将軍さまは見境なしと言うか…甲斐性がないと言うか…」
長い睫毛の影を目元に落し、表情を読み取られないようにリゼルが俯いた。
兎が耳を垂らす、とはこういうことを言うのではないか。
そう思わせるほど、シュンとした横顔を見せるリゼル。
血に濡れた少女を抱き上げたせいで、シャーナス将軍の軍服も血で染まっていた。
ミクロ単位での汚れをギャーギャー言うシャーナス将軍が、自分の軍服が汚れるにも関わらずに、抱きあげた金髪の彼女。