独:Der Alte würfelt nicht.
――長いプラチナブロンドを高い位置で纏め、手首にはめられた小型端末のバーチャル映像を熱心に見ている女性。
白衣を身にまとう、知的な眼差しと視線が交わったとき、心臓が飛び出るほどの衝撃を受けた。
「…エ、…エリザ?」
恐る恐る名前を呼べば、俺の声に反応する目の前の彼女。
驚いたような眼を見開き、聡明な彼女には珍しくぽかんと口を開けたまま突っ立っている。
「――ウィリアム…?」
「エリザ、…か!」
エリザは罰の悪そうな顔をした後、自分の手首を握りしめ、爪を食い込ませる。
突然のことで気が動転するように、開けた口を閉じて強く噛みしめていた。
「何故ッ、貴方がここに…。私に会いに来たわけでは、無さそうだけど」
「あぁ…君がここにいるなんて思ってなかった。今は、医師に?」
「…いえ、研究員よ。病棟の一角を借りて臨床実験をやっているわ。…ところで貴方、ここで何をしているの?ストークスの人間とは言え特別な許可が下りないと、そう簡単に出入りしてはいけないと思うけれど…」
「やっぱりそうか。許可を事前に取らないと俺でも入れないのか」
数週間ぶりにあった彼女は、俺と視線を合わせない。
結婚式の前日に「結婚できない」と言い残し、それから忽然と姿を消したのが彼女を俺が見た最後だった。
その言葉を聞いても俺は信じられず、結婚式を決行し…来るはずの無い花嫁を新婦の前で待ち続けた。
まさか、こんなところでまた再会するなど…思ってもいなかった。