独:Der Alte würfelt nicht.
『生憎、持ち合わせていないわ。それで戻るべきよ。誰が初めに指摘してくるのかしらね…想像するだけどゾクゾクしちゃう。お兄さんファイトッ』
『…お前、性格悪いな。本ばっかり読んでないで友達と遊んだらどうだ。こんなに天気がいいんだ、愉快にブランコの取り合いでもすればいいだろう』
『振り落とされて頭を打ったら馬鹿になるじゃない。此処にいる生徒はみんな馬鹿ばかり。人間が一生で読める本の冊数を知ってしまったら、会話の時間、食事の時間すら惜しく感じる。それすら知らない一部の餓鬼の相手なんて…時間の無駄よ』
『キッ…ツイなぁ…!で、読書家さんは一体何を読んでるんだ??』
少女趣味のラブロマンスなんて広げていたら、腹を抱えて笑ってやろうと思った。
表紙の側面にストークスの紋章の捺印が押され、今日寄贈した本の一つだと言う事を知る。
寄贈したとはいっても収納作業は施設の人間がすると言う話なので、少女が強請って借りてきたのだろうか。
風変りなタイトルの本には見覚えがあり、ほんの数年前に目を通した事を思い出す。
『一冊くすねて来たの。まさか連続物とは思っていなかったから続きを探さないと。ダンボール100個の中から探し出すのは至難の業だわ。データ化された物は味気ないから原本は嬉しいけど…処分費が勿体ないからってセコイ真似するのね、ストークスって』
『今でも本当に重要な文献はデータ化されずに保管してあるんだよ。…あ、おい、何処にいくんだっ!俺をこのままの状態で置いていくと言うのか!!』
『…ソーイングセット。いるんでしょう?本の修復に使ってる瞬間接着剤とテープでいいならこの場にあるけど』
『ちょっと困るな…。持ってきてくれるなら、その本の続きが入ってるダンボールのリストをやる。箱に番号が振られているからその先は自力で頼む』
スーツのポケットに入れたクシャクシャの本のリストを彼女に渡す。
子供の様にはしゃぐ彼女が、制服に張り付いた桜を乱暴に払う。
リストの内容に目を通す姿は、憎まれ口を叩いていた時とは別人だった。
お目当て以外の本の題名に感嘆の声を上げ、飛び跳ねながら施設へと戻っていく。