独:Der Alte würfelt nicht.
『僕達はね、アリス。黒羊の第二世代として生を受けた。脳の信号を読み取る機械が埋められ、僕らの記憶や知識は全てパンドラ内に格納される。今、僕らの体は“停止”しているから、思考は全てパンドラ内で処理しているんだ』
『それは分かるけど…まさか入ってこられるなんて。今まで…その、無かったし。怖くて、ごめんなさい、眠りネズミ。あんな事をしてしまって…お茶に誘ってくれただけなのに…』
『いいのですよ。それより、あんなに綺麗な世界をどうやって作れたのですか?眠りネズミも色々な所から資料を引っ張ってきてお家を作ったのに…』
ハートのジャックは私の手を取り、クロスの引かれたティーテーブルまでエスコートし、椅子を引いてくれる。
おずおずと椅子に座れば、眠りネズミとハートのジャック、白兔も席に着いた。
眠りネズミは大切そうに脇に抱えてきた絵本をテーブルに広げ、挿し絵に描かれた少女を指さす。
そこにはお日様が嫉妬するほど煌びやかな金糸の髪に、好奇心に光る瞳の少女。
幼さが残る顔立ちに、薔薇色の頬。
花畑で寝転がり、可愛らしい猫に花冠を作ってあげているところだった。
『…“Alice's Adventures in Wonderland”?』
『この挿絵みたいに綺麗な所だったのです!だから、眠りネズミにはアリスはアリスに見えたのですよ!』
『初めはね、眠りネズミが僕にアクセスしてきたんだ。情報を交換し合って、僕らは合計で5人作られていることがわかってさ。お互いが干渉できるように眠りネズミが頑張ってくれたんだよ、なんたって彼女はオリジナルなんだから』
『オリジナル…凄いのね。私のセキュリティが歯が立たないはずだわ』
『お前が敵う筈無いだろ、身の程を知れアヒル女。あと、…せいぜい俺にイラつかれないように気をつけろよ』
人間の体で言えば、ここは空想世界に当たるだろう。
脳で考え、創造し、生命さえも生み出せ循環させることの出来る世界。
空想はたった一人でするものだが、パンドラに人で言う“脳”があるため、共有することが可能ではあるのだろう。
記憶、知識の全てが集結された存在は、ただの“データ”ではなく“固体”となるのだ。