独:Der Alte würfelt nicht.
『…こーら。どうして良い雰囲気になってるのかな?』
『え、ええッ!?』
『ん、ハグは初めて?…そういえば僕も初めてだ。じゃあ今日は僕と君が出会った日でもあり、初めてハグをした記念日だね』
『えと…そういうことになるの、かな』
『うん。…それに、白兎より僕の方がいいに決まってるだろ?』
クスクスと笑う声が響き始め、目の前がいきなりフラッシュバックした。
もう目の前には眠りネズミも、ハートのジャックも、白兔もいない。
それがとても悲しくて、まるで絶望しかない奈落に落とされたようだった。
世界が歪む。
季節の変わり目にダンスを踊っていた木々も、さざ波のように波打つ芝生も。
雪の慈愛の満ちた冬景色も、赤や緑、黒や紫に塗りつぶされ、滅茶苦茶だ。
――レイ、レイ…助けて、レイッ!
私は過去の私の中で彼らを見ていた事を自覚し、それが突然消えたことに恐怖を感じる。
彼の名前を呼んでも、答えてくれるどころか、存在自体を感じられない。
あまりに“懐かしい”ティーカップに、白兎が蹴り倒した木製の椅子。
二度と開かれないお茶会の席に座り、誰かが迎えに来てくれる事をただ待つしかなかった。