独:Der Alte würfelt nicht.
 
 
「おい、どうしたんだ!」

「サ、サイズをお計りしようとしたら、お客様がいきなり…ッ!」

「う、うぅううッ!あぁああッうわァアあああッ!!」

「ローズッ!一体どうしたんだ!?何があった――ッ」


自分の頭を滅茶苦茶に掻き毟って、悲鳴を上げていた。

何が耐えられないのか理解できず、ローズの気をこちらに向けようと思ったら手を振り払われる。

洋服の前のボタンを指先が白くなるほど必死につかんで、何かから体を守ろうとしていた。

何かをブツブツというけれど、荒い息にまぎれて上手く聞き取れなかった。


「――れは、…ッが、…らないッ!――はず、のにッ!!で…ッああッ嫌ッ――ッ!!」

「ローズ、ローズ!落ち着け、ゆっくりでいいから俺の顔を見ろッ!苦しいのか?何か悲しい事でもあったのか!?ローズ――」

「…ないで――ッ!!来ないでぇええッ!!!」

「――きゃあッ!」


ローズが手を振り回したせいで店員の体にぶつかり体制を崩す。

キャスター付きのカウンターが倒れて、その上に乗っていたペンやハサミが床に転がった。

それを見て、何を思ったのかローズがその中の一つを手に取った。

小さな震える手で、その紅葉のような手のひらで包みこんだのは――。

彼女とは不釣り合いな、年代を感じさせる万年筆だった。

大きな目を極限まで広げながら、長い睫毛を震えさせて、それを首筋にあてがうのだ。

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