独:Der Alte würfelt nicht.
「――お騒がせして申し訳ありませんでした。先ほどの商品と、お詫びも兼ねて数点適当に包んでください。支払いは…そうだな、いつもの所で。では」
「…あ、はいッ!ありがとうございました。またのお越しをお待ち申し上げております」
「行くぞローズ。…立てるか?」
「…うぅ…ッ」
力無く首を振って、俺にしがみ付く手の力を強めるのが分かった。
そうか、と返事をし、出来るだけ安心させるように笑えば、ローズが鼻をすする音が聞こえる。
他の客の視線が痛かったが、そのままその店を後にする。
ドアにつけられたベルの音が、扉が閉まった事を教えてくれた。
「ごめん…なさい、なのです。また…またローズおかしくなったのです、ごめんなさい…ごめんなさい…ッ!」
「別に気にしてないよ。あれだけ悲惨な事件に巻き込まれたんだ、不安定になるのは当たり前だ。俺はさ、お前を守りたいんだ。お前の言う白兎とアリスに会わせてやるまではな」
「ウィル…ありがとうございます。ローズは…ウィルと出会えて本当に幸せなのです、ありがとうございますっ」
「…な、何を言うんだ。そんな…面と向かって恥ずかしい事言うなよ」
足取りの覚束無いローズを見かねて、近くの喫茶店に入る事にした。
ローズには温かなロイヤルミルクティーと、自分は適当にコーヒーを飲む事にする。
明らかにインスタントだと思う味だったが、文句をつけるはずもなく、せめて飲める熱いうちに啜る。
ローズの表情がだいぶ落ち着いてきたことを確認して胸を撫でおろした。
「大分顔色が良くなったな、安心したよ。――その、聞いてもいいか。何を思い出したんだ」
「…沢山の匂いが混じって、顔が見えない人たちが…ローズを見下ろすのです。…ローズはテーブルの上で寝ていて…それで、天井を見つめていたのです。頭がぼぉっとして…何も考えられませんでした」
「――それで?」
「大きな狼が…体の上に圧し掛かってきて…ローズの頭をバリバリ頭から食べていたのです。怖くて、痛くて…でも意識はあって…だから…」