独:Der Alte würfelt nicht.
――まるで、赤頭巾じゃないか。
お使いを頼まれた少女が、おばあさんの家に行く際に寄り道をした。
そこで狼に唆され、道草をしている間に狼がおばあさんの家に先回りして食べてしまうのだ。
お婆さんに化けた狼は、赤頭巾までも騙して食べてしまう。
しかし通りかかった猟師が、眠っている狼のお腹の中から二人を救出したのだ。
お腹を切られた狼は腹の中に石を詰められて、池に沈められるという話だ。
「意識がまだ混濁してるのかもな。ショックが大きすぎて、実際の記憶ではなく、何らかのイメージとして思い出し始めてるのかもしれない。下手に思い出すとお前の精神に傷が付いてしまう」
「ローズは…この記憶が、本物だなんて…信じたくないのですよぉ…。“コレ”は、きっと夢なのです。だから…っだから」
「じゃあローズ、こうしよう。嫌なこと、怖いこと、悲しいこと。全部俺に話すんだ。そうして、二人で考えよう。俺も君の記憶を共有するから、苦しいことも全部な」
「ありがとうなのです、ウィル。ローズも…ウィルになら話せるかもしれないのです」
小さな手のひらでティーカップを、暖を取るように隙間なく包み込んでいる。
薄く色の失った唇が、何かを言いたげに震えていた。
俺は味のしなくなったコーヒーを一気に飲み干し、ローズをもう一度見つめる。
何かを案じさせるような揺れた瞳に、俺は不安感を募らせながら店を出た。