独:Der Alte würfelt nicht.
 
 
「お姫様は王子様の口付で永遠の眠りから覚めました、…と。これで満足した?」

「ここまで…要求してないわよ」

「サービス精神だよ。せめてものお詫び、ほら撃っちゃっただろ?ごめんね?」

「…えぇ。そういえば、貴方に撃たれたわね。痛くて死ぬかと思ったわ」


指先が離れていくのを名残惜しく感じながら、塞がれていた目で今度は彼を見る。

頭のてっ辺から三つ編みが編みこまれ、耳に掛ける様に固定された髪型。

この前はメッシュで、その前の前はヘアピン、彼は会うたびにコロコロと違う表情を見せてくれる。

いつだったか完璧にセットした髪が雨に降られてしまい、直しに数十分掛けたことが懐かしい。

「とりあえず。私を撃った事への正式な謝罪と、その報復をさせて頂きたいんだけれど」

「…ごめん、手元が狂っ――なんて、あはは、冗談だよ。ごめん、だからそんなに怒らないでよっ!目が、目が怖いッ!」

「まぁいいわ、私がいきなり出てきて手元が狂ったことにしてあげる。どうせ思い付きだろうから、こんなこと追及しても時間の無駄だしね。とりあえず、殴ってもいい?」

「痛くしないでね、泣いちゃうから」


ノエルに銃口を向けたカノンの前に私が飛び出し、その鉛玉を右脇腹に銜え込んでしまった。

しかし既に摘出され、痛みも痕も無く、夢だったのではないかと錯覚させるほどだった。

確かに誤って発砲したのなら、飛び出してきた私が悪いとしても…これだけは腑に落ちなかった。

カノン君は明らかに私の姿を確認した後、数秒の思考の末にトリガーを引いたのだから。


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