独:Der Alte würfelt nicht.
彼と協力するメリットといえば、黒羊の内情や動向が、あらかた読みやすくはなるだろう。

だが、メリットが生じる場合、確実にデメリットが存在するのは確かだ。

神懸り的なギャンブラーでも、最低、金がゼロになるというデメリットを掛けてメリットを勝ち取る。

まるでコインの表と裏。

取り違えたり、床に転がしてしまえば、簡単にメリットとデメリットが逆転してしまう場合もある。


 ――私のデメリットはこうだ。彼の言動“全て”を疑ってかからねばいけない。


なら、私のメリットは小さすぎるだろう。

彼がもし、私を利用するために近づいているとして、彼の口車に乗せられれば最後。

二度とコインは表を向かない。

すでに、フェアな勝負ですらない。

両面に裏の文字が書かれたコイン。

コインの投げ方すら彼のルールに従い、出る面すら、彼に支配されることになる。

横に転がることがあっても、無効になるだけ。


――ならば、こんな賭け、受けるわけにはいかない。


「…お断りするわ」

「それは残念」


あまりにもそっけない返事を返したカノン。

まるで私の返事が初めから彼にはわかっているようで・・・気味が悪い。


「じゃあ今日はこれで帰るといい。でも覚えておいて。僕はいつでも君の力になる。だから君も、僕に――いや。答えのある問いに意味は無い、だったね」

「カノン、君?」

「君が僕の所に来るのは時間の問題だということさ。レイ・シャーナスに“害虫、病気にお困りならハーグリーヴス御用達の庭師まで”と伝え欲しいな。またね、アリス。今度会う時はいい返事を期待しているよ」

「…レイの所にも庭師ぐらいいるわよ?」

「まぁいいから。またね、アリス。今度はいい返事を期待してる」


手を振る彼を不審に思ったが、謀ったように近くの駐車場に車が停車し、そこから見知った顔の運転手が現れる。

喉はもうカラカラで、体中の水分を汗としてだしてしまったようで、身体を疲労が蹂躙させる。

彼の姿を振り返りながらも、人の気配を感じて歩みを進めた。




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