独:Der Alte würfelt nicht.
『ははは、おーい。降りておいでよお嬢さん。今、ピーチパイを焼いたばかりなんだ、良かった一緒にお茶をしないかい!?』
「…ん、お嬢さんって」
『うちの馬鹿息子がお世話になっているねッ!俺の名前はクラウン・ハーグリーヴス。カノンの父親だよ、可愛いお嬢さん!』
「…え、ってことは…ハーグリーヴス次期当主候補の…ッ!!」
クラウン・ハーグリーヴスと言えば、政界を牛耳るハーグリーヴス家の次期当主候補。
最近はテレビで見ないが、ほんの一年ほど前はメディアを騒がせていた。
甘いマスクに、茶目っ毛のある性格はお茶の間の奥様方を失禁…いや、正気を失わせ、ファンクラブまで設立してしまったほど。
カノン君に初めて会った時も似ている、とは思ったが、本人を目の前にすると余計に胡散くさい。
「ご一緒させていただくわ!丁度お腹も空いていた所なのッ!」
『それはよかった!降りておいでよ、お茶を淹れておいてあげるから!』
「ありがとうっ!すぐに行くわねッ」
『待っているよアリス!』
傍から見れば暑苦しい程の掛けあいの後、髪の毛を整えて部屋を飛び出す。
螺旋階段をくるくると降りて、中庭へと続く道をひたすら小走りで駆け抜ける。
お辞儀をする使用人や、食材を運ぶ業者の男に目もくれず、引き寄せられるように走った。
教えられたわけでもなく、目に止まった扉を開けた先に、けして豪華だとは言えないが美しい薔薇園が広がっていた。