独:Der Alte würfelt nicht.
「こちらの御着物は今年の新作で、有名なデザイナーとの共同制作です。この世に二つとない品で、少しお値段は張りますが一生物です。失礼ですが後予算の方は…?」
「良い物ならそれなりの額は払うわ。この店で一番高価な品でも見繕ってくれてもいい。その代わりに…一つ頼まれ事をしてくれないかしら」
「…頼まれ事…と言いますと?」
「ストークス本家に様があって来たのだけれど、門前払いされちゃったの。どなたかに“用”を取りつけて欲しいのだけれど…」
私を値踏みする視線を頭の先から足の指まで感じ取った後、柔らかく店員は微笑んだ。
軽く一礼した後、奥に消えていく店員が戻ってくるまで店内を見回る事に決める。
着物の知識は一般常識程度しかないが、絢爛豪華な色彩は目の肥やしになった。
並べられた反物を開いていると、可愛らしい女の子が棚の間からひょっこりと顔を出す。
声を掛けようと口を開けば、パタパタとこちらに駆け寄ってくる草履の音。
「…アリス、アリスッ!会いたかったのです!!」
「あ、ちょっと…ッ!危な、いでしょ!?」
「うわぁあんっ!やっと会えたのです、アリス、アリス!眠りネズミの事、忘れてしまったのですか!?」
「…眠りネズミ…って」
肋が軋むほどぎゅうっと抱きついてきた子に戸惑いながら、体勢を崩さないように踏んばる。
両腕で抱きついてきた着物の子は、声に成らない奇声を上げてピョンピョン飛び上がった。
その勢いのまま私に飛びついて来た所為で、体重が上半身に掛り身体が地面へと引き寄せられる。
受け身を取る事の出来ない身体を抱きとめたのは、同じく和服姿の男性だった。