独:Der Alte würfelt nicht.
「――猫を、飼っているの。可愛い黒猫。でもいらないから捨てないと」
「な、によ…何よこれ…ッ!」
「嫌ぁあ…もう、許してくださいッ…お願いしま、ああ゛!!」
「皮を剥いで、腹綿を引きずり出してぶつ切りに。コトコト煮込んで、シチューにするのもいいね。目玉は金平糖の瓶の中に入れてアリスにあげる。兄様に告げ口しなかったから」
当主の間から飛び出し、シオンに言われた通りの道を進んで辿りついた部屋。
壁の色さえ分からない程余すことなく貼り付けられた蝶の標本。
椿や牡丹が咲き乱れ、咽返る程の甘ったるい香の匂いに肺を侵食される。
泣き叫ぶ黒髪の女性を抑え込む男達を炬燵に入ってぼんやりと眺め、机の上で眠る子猫の背を撫でるシオン。
「でもリゼルさんは…私を裏切った。兄様と結婚させてください?何、それ。私に気にいられたら結婚できるなんて馬鹿じゃないの。許さない。許せるわけない。駄目。兄様は…ストークスの当主になるの!!駄目だよ、あははッ!!だからお仕置き!もう二度と、此処から出してあげなぁい」
「痛、い…ッううっ…助けて。お願い…誰か…ッ」
「指先は一番痛点が集まっているの。そこに根本までまち針をぶち込まれたら痛いに決まってるでしょ。指を曲げたら針先が骨を抉るの。ねぇ試して欲しい…?」
「シオン、シオンッ!お願い私の話を聞いてッ!!」
猩々緋色の着物に身を包んだシオンの肩を掴み、私の方へ向き返らせた。
不快を表すシオンの胸倉を掴み上げると、赤いマニキュアの塗られた長い爪が猫のように頬を滑る。
すかさず振り払うが、熱く爛れた感触に顎を伝い畳に染みる血液に背筋が凍る。
それなのに余りに綺麗にシオンが笑うから、畳に零れた赤い斑点模様は彼女のマニキュアが零れてしまったからではないかと錯覚してしまう。