独:Der Alte würfelt nicht.
「で、どうだったんだ?」
「ん。いい具合のサクサク感に…中にはジャムが入ってるのね。木苺のスコーンもおいしかったけれど…これもなかなか芸の細かい…」
「違う、そっちじゃなくてだな…カノンに会ってきたんだろう?」
「そっちね。クッキーの感想かと思ったわ」
折角甘いものを食べているのに、彼のことを思い出すだけでも体の深い場所から苦い気分が押し上げてくる。
レイから少し視線をそらしながら、カノン君の事は出来るだけ考えないようにする。
どんなパフォーマンスをされたとしても、私はこの人の飼い猫に変わりはない。
「変な人。でも頭は悪くない。…顔もよかったし…ね。でもなんだか、拍子抜けよ。黒羊と聞いていたから、もっと…こう、異質な子供だと思ったじゃない」
「見た目は君と変わらない。腹の中に抱えているものは、君の想像の出来ない異物だ。協力的な姿勢は見せてきたか?」
「…え、と。そうね非協力的というより、違和感だらけだったわ。ホテルに会いに行ったのに、バスケットを抱えてお花畑のど真ん中でランチよ。しかも白爪草でティアラを作ってもらって、キャッキャうふふよ」
「…まったくアイツは。何を考えているか読めない男だ」
シンクに片腕をつくレイは眉を顰めて、淹れなおした紅茶に口をつける。
私のティーカップを渡され、そのまま口をつけてしまう。
立ちながら飲むのはマナー違反だけれど、淹れてくれた本人が飲んでいるのだからそこはご愛嬌だ。
強い香りのするダージリンは先ほどのものとは打って変わって深い味わいがある。
セカンドフラッシュやファーストフラッシュとなると熱湯抽出した場合、飲めないほどの苦みが出てしまうので、その点にも彼は気を配っていた。
「カノン君はハーグリーヴス家の人間だと言ってたわ。あと、貴方に“害虫、病気にお困りならハーグリーヴス御用達の庭師まで”と伝えてほしいって言われたの。どういう事なの?」
「君は気にしなくていい」
「そ、そんな言い方…ッ」
「――呼び出しておいて悪い、これから軍に戻る時間だ。車で送らせるから下に降りていつもの奴に声をかけなさい」