独:Der Alte würfelt nicht.

 
 ――時間的には昼間のはずなのに、そんなもの一遍でも伺わせない殺風景な個室。

空調設備は完璧で居眠りも咎められない。

近くにある毛布をかぶって寝てしまうこともできる。

だが、ここ以外の個室に入っている“皆”はそんなことできるわけがない。

ヘッドフォンの奥に響く講師の声に欠伸をかみ殺す。

数年前に理解を終えた教科書をもう一度開くのは苦痛だった。


『――であるからして、我が国は救世主とも言われる行いを――』


自宅で講義を受けることが可能だが、それでは情報漏えいの問題もあるらしい。

コミュニケーション能力を高めるために学院へと通うが、対人関係を一切遮断するこの個室の中では矛盾している。

もう数年間は通っているが、肩がぶつかり会釈をするぐらいの対人関係しか持てなかった。

その中でもごく一部の人間は、カフェテリアでお茶をしている姿も見た事がある。

でもそれはすべて私にとって、関係の無い事だったのだ。


――…レイは、今頃何をしているのかしら。


彼の姿に思いを馳せれば、なんだか頬が赤くなる。

最近、何が楽しいのか私にちょっかいをかけてくるカノン君に比べて…随分と大人だ。

きっと、軍内の女の子たちも、キャアキャア言ってるんだろうなぁ…。

内心舌打ちしながら、デスクの上にうつ伏せる。

ヘッドフォンから聞こえる講師の声を、近くにある音量調節ボタンを押して最小限まで下げた。


 ――カノン君は、ハーグリーヴスの人間だと言っていたけれど…何処まで本当なのかしらね。


あの後、ブランシュ家の方に立ち寄り、アクセス権限がある間に彼の事を調べ上げた。

私が起こした事件の所為で、そのうちブランシュ家から養子縁組を解消される事はわかりきっていた。

ブランシュ家にある私の部屋の荷物をすべてまとめ、与えられていたマンションの荷物も片付け始めている。

養子縁組解消の処理が終わるまで、私はまだブランシュ家の人間だ。

そのうちこの学園にも、居られなくなる。


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