独:Der Alte würfelt nicht.
「納期まであと3日なの。バグ取りと修正以外にもやる事山積みなんだから。余計な機能なんて、クライアントが要望すればオプションとしてダウンロードしてあげればいいのよ」
「でもでもぉっ!フェアリーシリーズのオリジナル品は、PA型~PZ型の基盤になるんだよ!?ここがんばって乗り切れば…あとは固定の性格パターンを数種類作って、クライアントの意見に反映させるだけじゃんっ!」
「“フェアリーシリーズ全26種”は3ヶ月先まで予約待ち。前作の“エンジェルシリーズ全15種”より売れてる。今作ってるPE型って納品先ってマークの令嬢さんでしょ?こちらの都合がどうであれ、リスクを犯してまで納期を遅らせるのは頂けないわね」
「…シオンの言うことは正しいよォ。正論過ぎるぐらいにねぇ。なら…もし時間が余ったら…その時は音声認識プログラムの修正に入る。それなら…いい?」
艶やかな黒髪を肌理細やかな指先で弄り、深海の雫を掬い取った瞳を泳がせるシオン・ラトゥール。
彼女もルカとは同業者らしく、知り合った経緯は知らないがパラレルパラソルの幹部に間違いはないだろう。
鮮やかな朱の引かれた唇を年相応に尖らせ、いまだ意見が対立していることに痺れを切らしていた。
険悪な空気を拭い去るために、“大切な友達”のために身を投じる覚悟を決めた。
「――いいわ。既製品より高性能にしてあげる」
「…え、いいのアリス?次回の開発からしか報酬は発生しないって、ルカとの取り決めで…」
「生憎、3日後が納期とすると…2日で終わらせれば、組み込んでも最終テストには間に合うでしょう?」
「間に合うけれど…貴方にはもっと高度な仕事をやって貰いたいのに」
「入社テストって事にしてもいいわ。私もいいものを作り上げたいって気持ちは同じだから。でも次回からはきっちり報酬を貰うからね」
ルカの端末から、小型の記憶媒体にデータ転送を始める。
音声認識システムの他に、今回の企画書もメールで送っておく。
データ転送完了まで67%と表示された時、シオンが思い出したように両手を叩く。
ウッドテーブルに広がる私物だけ鞄にポイポイ放り込み、チャックも閉めずに肩にかける。