独:Der Alte würfelt nicht.

 
「――遅いなぁ…」


普段の待ち合わせ場所と違うとはいえ、電話を入れたのはもう20分も前だ。

あたりをキョロキョロ見回すも、それらしき車は見当たらない。

いつもならほんの数分で車が到着し、待っていることなどあまり無いのだが。

時間を確認してもう一度通話を試みる。

数回のコールの後、いきなり電波が届かなくなり通話が途切れた。


 ――もう歩いて帰ろうかしら。


携帯電話の液晶をもう一度確認し、何も変化が無い事を見届ける。

鞄の中にしまいながら、ものすごいスピードで走り去る車に視線を送った。


――え、あれって…レイ?


彼かどうか確認するまでも無かった。

私の姿を捉えたのか、IDを検索してここまで迎えに来たのは知らない。

いつもは決まった運転手の人が迎えに来てくれるのに、今日はレイが迎えに来ている。

道路の少し先に停車し、ドアが開き長い足が投げ出され、レイが車から現れる。


「レイ、どうしたの?まさか貴方が来るとは思っていなくて…」


車から降りた時表情が見えなかった所為で、秘める感情には気づかなかった。

私の前に立つレイの前髪が、フワリと風に揺れる。

彼に対してほほ笑みを向け、挨拶を交わそうとしただけなのに。

レイは私の知らない険しい表情を崩さず、何かに躊躇うように口を噤んでいた。
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