独:Der Alte würfelt nicht.
――あぁ、そうだわ…アレは駄目だから…でもパンドラの箱はシステムに干渉する事自体を…。
自動操縦に切り替えられた車は、設定された速度を保ちつつ、安全に人間を目的地まで運ぶ。
ほんの数時間前はパンドラの危機というより、未来の旦那様の心配をしていた自分が情けない。
恋は人を狂わせる、時には心を平穏で満たすが、理性を甘く溶かし判断力を鈍らせる。
「――ス、アリス。聞いているのか?」
「あ、…ごめんなさい。色々考えて込んでしまって…何の話しだったかしら」
「まったく。私の昇進祝いに予約していた店をキャンセルした。仕事の関係で都合がつかなくなったから、日を改めようと思ってな」
「えぇ、平気よ。気を使わせてしまってごめんなさい。私もまだ贈り物を決めかねていて…丁度よかったわ」
――嗚呼、私も…こんなに上手に嘘をつくようになったのね。
レイへのプレゼントを用意したのは、もう1週間ほど前になる。
今まで見向きもしなかったショーウィンドウ、陳列された意味を成さない造形品。
一つ一つ身比べて、贈る相手の顔を浮かべては喜ぶ表情を期待する。
初めて店員にラッピングをお願いし、初めて誰かにメッセージカードを書いた。
渡す日を指折り数えて待っていたが、当分その必要が無くなった事に小さく落胆する。
「いつも疑問に思っていたのだけれど。…レイは…どうして軍人なんかやっているの?シャーナス本家の総取締役が、ストークスの傘下に入る軍人なんて変よ」
「その話題は、あまり面白いとは言えないな」
「機嫌を悪くさせたのなら謝るわ。ただ、…貴方の事少しでも知っておきたくて」
「そうだな…君がブランシュの養子として受け入れられた理由と同じようなものだ。それ以上は…時期が来れば語ろう」