独:Der Alte würfelt nicht.
「…大丈夫なの?第一世代は副作用があるって聞いたけれど…レイは、その…」
「十数年前、物理的に脳が弄られたのが原因か分からないが…未だに酷い頭痛がする。雨の日は脳に釘を刺され続けられるような痛みがするんだ。原因は不明。医者に処方された薬も年々量が増えて病院に運ばれた事もある。もう何年も飲んでいない」
「わ…私の相手なんかしないで眠って。寝心地は悪いかもしれないけれど、肩を貸すから…レイ、大丈夫なの…?」
「そんな顔をしないでくれアリス。君との有意義な対話を頭痛などで中断されたくない。…軍内の黄色い声は耳障りだが、君の声は好ましい。君との会話だけが、私の薬だよ」
今まで言われたことのないほど直接的な甘い言葉に、胸が熱くなるのを感じる。
彼の言葉通り会話を始めようと試みたが、どうしても喉から声が出なかった。
琴線が掻き鳴らされ、伝えようにも表現の方法も言葉も無くただ熱い涙が顎から伝う。
制服の袖で涙を拭うと、困ったように笑って腕の中に閉じ込めるレイ。
あまりに優しく笑うものだから、それに応えようと精一杯の笑顔を作る。
「ずっと一緒に、居てもいいの?」
「居てくれるのか。こんな30代後半のオジサンの傍に」
「…居たい。傍に…いたい、です。利用価値が無くなっても、傍にいる意味が無くなっても…隣にいる事を、貴方に許してもらいたい」
「許すも何も。始めからそのつもりだよアリス」
レイが傍にいてくれるのは、私が唯一パンドラを開けられる存在だからと思い続けていた。
利用価値があるから優しくしてくれる、まだ使える人間だから傍に居られる。
不安で、虚しくて、縋るような傷だらけの感情で彼の隣を歩いていた。
それら全てを、彼の言葉で許されることは…私の中で、限りなく奇跡に近い事。
「――まったく。君の前では節操のある大人を演じていたのに、な」
「レ、レレイ…ッ!?」
「――…どうしたんだ?」
「どうって、そんなの…分かっ」
有無を言わせない為に、レイが私の首筋に顔を埋めて何かを呟いた。
レイの髪がパラパラと私の頬をくすぐり、まるで甘えるように唇を寄せられる。
眩暈がしそうな甘い空間に耐えられず、意識を留めようとレイの背に爪を立てた。