独:Der Alte würfelt nicht.
――車のシートに敷かれて皺になってしまったプリーツを再度整える。
眠りに就いた私に、レイが気を利かせて自分の着ている軍服の上着を羽織ってくれたらしい。
レイは目覚めた私の乱れた襟元を正し、ボタンを全て止め丁寧にリボンまで結ってくれる。
車内の息苦しさに耐えられず着崩した制服を、元の規律正しい伝統的な装いに戻した。
「…気分は大丈夫か?」
「そうね…家に帰ってシャワーを浴びて毛布に包まりたい気分だわ。お風呂に浸かって寝てしまうのもいいかも…」
「それはいい案だな。いっそ駆け落ちがてらに、地方の秘湯を渡り歩くのも悪くない」
「もう…冗談はよして。本気にしちゃうじゃない」
体を冷やさない様に掛けられた軍服を手繰り寄せ、レイに凭れかかる。
シャツ越しに頬を寄せれば、肺いっぱいにレイの匂いが溢れて声にならない声を上げてしまう。
かつては触れることさえ躊躇ったと言うのに、今は指を伸ばせば答えてもらえる距離に彼は居る。
その事が心地よく、レイに肩を抱かれているだけで現実から切り離されたように穏やかな気持ちになった。
「もう着く。外は少し温度が低いな、制服の上着を着なさい」
「はぁい。ところで…ここは、どこ?第一エリアからかなり離れた所みたいだけれど」
「シャーナス本家直轄の研究施設。君を招待したのは初めてだったな」
「って事とは…シャーナス屈指の技術部の本拠地じゃない…心の準備がまだなのにっ」
近代性を感じさせる芸術的な形状の建物は、月明かりに怪しく照らされている。
力の入らない体をレイに体を支えられながら、車から降りて建物を見上げた。
空調管理所と丁寧に彫られた社名は、見た目では研究所ともシャーナス家直属とは思えない。
あたりを見回すが広大な土地以外に街並みすらなく、綺麗に整備されているが何処か違和感を覚える。