独:Der Alte würfelt nicht.
指先を彼の手のひらに乗せられ、エスコートされるように車から降ろされた仕草には、さすが慣れていると悪態をつく。
そんな私に彼は、ただ苦笑するだけだった。
警備員がこちらに睨みを利かせているのが視界に入り――眉をひそめる。
「そんな顔するな、アリス。二割増不細工だ」
「・・・どーせ、可愛くないですよーだ。そうだわ。エスコート、お願いするわ。ここの“犬”怖いんですもの」
「はいはい、お姫様」
わざとらしく、怖いというように身体を震わす仕草をする私に、現金だと彼が笑う。
逞しい腕に自分の腕を巻きつけ、隣を歩く。
時たま微かに鼻をくすぐるアクアマリンの香水が心地よい。
「見事な花だろう?」
レイの視線の先に見える、可愛らしい小さな花が咲く花の花壇。
その姿を捉え、ふふん、と鼻を鳴らす。
「Άνεμος♪」
「…ギリシア語で『風』か?学名は『Anemone coronaria』通称アネモネ。風の花とも言われているな」
「まぁ一般的にはそうだけど。私はアドニスって呼びたいわ」
「君にロマンチックなギリシア神話を読む趣味があるとは、驚きだ」
「まったく。私だっていたって乙女!この花みたいに儚げなの――って聞きなさいよ」
腕からスルリと抜け、笑いをかみ殺しながら建物に入っていくレイ。
光に紅茶色の髪が透けて、金髪のように輝く。
「ほら、早く来なさい。置いていくぞ?」
背は高く、私の頭何個分あるのやら。
物腰が柔らかで、見ているだけで良家の出だと分かるほどだが、気取らない性格らしい。
年下の私にも見下すような視線一つ見せず、まるで妹のように接してくれるあたりが、オトナと感じさせてくれる。
さすがに、年の差が10以上あれば、私の言うことなど子供の戯言くらいにしか思っていないのかもしれない。