独:Der Alte würfelt nicht.
 

「――遅いお目覚めだね、お姫様。素敵な夢の世界はどうだったんだい?」

「…カ、ノン…く…。何で、ここに…レイは?」

「泣きながら眠り続ける君の手をずっと握っていてあげたのに。その言い草は無いだろ?ほら、ハンカチだってぐっしょりだ。何がそんなに悲しかったのかな?」

「悲しい…そうね、悲しいわ。涙が、溢れて…止まらないの…ッどうして、忘れていたの?何故、覚えていないの…!?あれは、私の、私の記憶のはずなのに…無いのよ、無いのッ…!」


私は自分の生まれた月と日を知っています。

物心付いた頃から、施設で英才教育を受け、認識していない記憶等ありません。

ですが知らないのです、私の認識できていない記憶が存在します。

幼い私の手を引く少年の事を、私は知りません。

知らないのです。


「よしよし、可哀そうに。ほら、可愛い顔が台無しだ。笑ってくれるなら、次は動物園に連れて行ってあげるよ。可愛い兎がいっぱいいると思うよ?だからさ、泣かないでってば…」

「う、ううっ…兎なんて、可愛くないわッ!それより離してよ、抱きしめないでッ!私に、触らないでってばッ!コラ、何処触ってんのよ!ベッドに上がってくるなぁあああッ!!」

「アハハ、元気になってよかったよアリス。とりあえずそのお祝いに、暇だからひん剥いちゃおう。そうだ、そうしよう。…大丈夫、靴下だけは残してあげるから」

「さ、最低…最悪だわ。人がこんなに錯乱しているのに…ッ!同じ性別でも違う生物だという事を思い知ったわ。…レイはどこ?彼に会いたいのだけれど…」


部屋を見回すと、どこかの医療施設の一室だという事が分かった。

壁や天井、カーテンに至るまで白で統一され、清潔感に溢れている。

医療施設特融のあの鼻につく消毒液の匂いは、私の意識を嫌でも覚ましてくれた。

胃の中に手を突っ込まれて掻き回された方がましだと思うほどの、酷い胸焼け。

無意識に痛む額に手を当て、少しでも意識を紛らわすようにベッドから降りようとした。
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