独:Der Alte würfelt nicht.
「レイ・シャーナスは混迷状態。君の精神に干渉しすぎて、廃人になりかけているんだよ。意識はあるけど、話は無理だね。強制遮断なんて考えただけでも末恐ろしいな。生きてる事が奇跡に近いよ、君も意外とエグいことするね」
「…さっきから、精神とか遮断とか…何の話よ。レイに会いに行くわ。…どいてよ」
「行く前にシャワーか顔を洗って行った方がいいよ。僕のヘアピンを貸してあげるよ。はい、まずはおでこを上げようね。あはは、やっぱり1週間も眠ってると逆に疲れちゃうのかな」
「一週間…!?そんな…納品に間に合わないじゃない…!」
「…納…品…?」
ベッドの柱にぶら下げられた鞄に手を伸ばし、その中を指先の感覚だけで探る。
四角く機械的なものが指先に触れ、それを握りしめて手を引きぬく。
携帯の液晶を見ると、新着メール158件という異常な数字。
恐る恐る中の分を見れば、冷や汗が流れるほどの罵声の文章が並べられている。
「こ…殺さ、殺される…ルカに!八つ裂きにされる、ど、どうしよう、ええと…なんて返せば…ッ!!」
「今更どう取り繕っても遅いんじゃないかな?正直にカノン君との間に可愛いベイビーが誕生しそうだから結婚式場を予約していましたごめんなさいと白状するのが最良だと思うよ」
「嫌よ。どうして私があなたと結婚しなくてはいけないの。私の未来設計図には神父様の前で待つレイに向かってウェディングドレスを着て歩いていく私の姿しか存在しないの」
「はは、僕なんて眼中に無しか。でもさ、アリス。この世界に不変は存在しない、きっと君の描いているその未来も…きっと現実とは大きくかけ離れるんじゃないかな?」
ブラウンの髪にはお洒落のつもりらしい赤いメッシュが数本入っている。
細められた翡翠の瞳に、何かを懐古するような気分にさせられた。
胸の奥に灰汁が広がるような、えぐみを感じる渋さに震える。
ある筈の無い膝の痛みから波紋のように全身に広がって、何かを崩していった。
私は、彼を、知っているのではないかと。
今は太陽ではなく、天井に付けられた照明器具を彼の肩越しに見上げていた。
それが遮られた瞬間、私の脳は白い天井に青い空を夢想してしまった。