独:Der Alte würfelt nicht.
「――もう。レディはもっと丁重に扱うべきだわ。そうじゃないと結婚して子供が出来ても、パパなんて呼ばれなくなるわよ?そのうち嫌われちゃうんだから」
「結婚何て不愉快極まりない。結婚しなくても子供は出来るから、遺伝子保存には問題ないんだ」
「…意外ね。子供は欲しいの?パパになりたいなんて、意外ね」
「そうでもない。必要な場合だってある」
――必要な場合って、どんな時よ。
話を続けようとしたら、どこか含みを持たせたように微笑まれる。
その表情はこれ以上深読みするなと遠回しに伝えているようで、私は何も言えなくなった。
きっとレイは私以上にたくさんの世界を知っていて、色々な事情があるのだろう。
彼がこういう返答を私にしたという事は、何か思い当ることでもあるのだろうか?
「一体、貴方は私に何をさせる気なの?きっと…役になんて立たないわ」
「君が今この時に必要になったから、私の隣を歩いてもらっている。それが真実だ。君は何も心配しなくてもいいから、私に付いてくると良い」
「…今の私に利用価値が出たのね。なら結構。下手に思惑を隠されるより、正直な方がいいわ。貴方のそういう所って好きよ、レイ?」
「それは光栄だ。せいぜい嫌われないように気をつけるよ、アリス」
クククっと低く笑うレイの顔を下から覗きこみ、つられてほほ笑んだ。
彼は私以上に正直者で、狡猾、狡賢い男だ。
睫毛を伏せるレイに、きっとたくさんの女性が香水を振りまいて近寄ってくるのだと思う。
それなのに私なんかが彼の隣を歩いているなんて、なんだか変な気分だった。
――今日、きっと私の世界が変わってしまう。
今までの私の世界が終ってしまって、この先の未来さえも変えてしまいそうな。
そんな不安と期待が交差する中、小さく右手に拳を作った。
自分自身に大丈夫だと言い聞かせる為のものだったが、それを優しく解きほぐすようにレイの指先が重なった。