独:Der Alte würfelt nicht.
「…貴方は…あの時の…ハートの王子様?」
「うん、よく出来ました。僕は君の初めての恋の相手。ハートのジャックだ。君はほとんど忘れてしまっているけど、思い出してくれて嬉しいよ。とりあえずは、家に帰ろう。車を用意するよ」
「それは…出来ないわ。レイに会わないと。貴方とはもう少し話をしたいけれど…レイが危ない状態なら…私は…」
「君はいつかレイ・シャーナスを殺すよ。君が思っている以上に、君は特異な存在だ。君の記憶にはある重要な情報がある。それをある期間内に引き出すのが、レイ・シャーナスが君に近づいた本当の意図だ」
頭を鈍器か何かで殴られたような、耳鳴りと頭痛が私を同時に襲う。
また何か悪いものを思い出しそうで、頭の奥で二人の子供の笑い声が聞こえる。
その話の内容は聞き取れなかったが、今の私にとってとても“不愉快”な会話をしているに違いなかった。
小刻みに触れる指先を握りしめたのは、私のではなく彼の手の平。
「…レイは利用できなくてもそばにいてくれることを許してくれたの。それより期間内というのは…一体何?私の中に一体どういった情報が…ッ?あと、何故、あの日に貴方がいたの?貴方は黒羊で私は…」
「ほら、僕に聞きたい事がいっぱいだ。それにレイ・シャーナスに会いに行ったとしても、きっと門前払いだよ?だから君は、僕に付いてきて僕の話を聞く。君の欲しい情報も、きっと僕なら君に与えられるよ」
「――レイ、は…本当に“生きている”のよね?私の所為で死ぬなんて…そんなの耐えられない」
「まだ大丈夫だよ。でも、君と彼が親睦を深めるたびに、彼は危険になる。今回だってそうだ、君が彼に心を許し切っていないから…弾き出された」
――駄目ね、頭が混乱している。
彼の言葉を全て鵜呑みにするのは愚かだが、耳を傾けないのも余計悪い気がする。
幼い頃、彼に出会った思い出が…急に私の記憶に書き足されているような感覚。
何かを忘れて、それを強制的に脳内から引き出されでもしたのだろうか。
それを引き出すために、レイが危険に曝されるというのなら…この場だけでも引いた方が彼の身のためかもしれない。