独:Der Alte würfelt nicht.
「はい、どーぞ」
抱きかかえていた白いほうのウサギを私の膝に乗せ、自分もその横に座った。
膝に乗る“ソレ”を見た瞬間に、私の中のアリスがログアウトする。
「ぐにヒタが!らリゅおエに!?みがあぁあアア!!がああビいぃい!?!!?」
「あー…マズい。変な物がログインしたみたいだ。面白いからこのままでいいよね」
「びげ、ゾニノはぎ!?バニギくたにひが!ゾノビゲそのげ!!」
「…はいはい、分かりました。謝ります。意地悪してごめんね」
膝からヒョイっとウサギをどけられ、また自分の膝に抱え込む。
残念そうにウサギの頭を撫でるカノンを、荒い息を整えながら睨みつけた。
ある程度彼から距離を置き、膝を抱えるように座る。
「こんなに害のない生物もいないのに。どこが怖いんだよ。昔、集団で襲われたとか?」
「…昔、マーキングされた揚句に、発情して追いかけ回された」
「…わお、強烈」
飼育員さんがニンジンやキュウリを細く切ったものをカノンに渡していた。
ウサギに餌をやる姿を横目に、この恐怖が過ぎ去るのを待ち続ける。
小刻みに震える指先を握りしめて、ウサギから身を守る。
「…あの日から別かれて、君のこと何度も思い出したよ。君は忘れていても…僕は覚えていた」
「どうして…忘れているのかしら。私の記憶に一体どれだけのものが…」
「意図的に消されてるんだよ。でも今必要になったから…レイ・シャーナスが必死で君の協力を仰ごうとしているんじゃないか」
「意図的にね…変な感じだわ。そんなことに今まで気づかないなんて。今でも…忘れている事が嘘みたいなんだもの」
カリカリとウサギがニンジンを食べる音が耳に入ってくる。
それを楽しそうに見つめるカノンの横顔を盗み見た。
――ウサギが似合う男の人って希少よね。
ぼんやりと彼の顔を見つめていたら、私の視線に気づいたらしくこちらを向く。
小首をかしげながらウサギを撫でる様子は、明らかに友好的。
初めに会った時もこれぐらい親切にしてくれれば、下手な疑惑も持たなかったのに。